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『昭和の大番頭―東急田中勇の企業人生〈下〉』本所次郎

昭和の大番頭―東急田中勇の企業人生〈下〉

昭和の大番頭―東急田中勇の企業人生〈下〉

東急五島慶太、五島昇親子を支えた大番頭、田中勇物語の下巻です。

フィクサー田中

東急の常務取締役になったころから、東急本体より子会社に活躍の舞台を移します。

1958年 上田丸子電鉄(長野)社長
1959年 中越自動車(新潟 現:中越交通)社長

上田丸子電鉄は経営難の折に五島慶太に支援を要請。土地の名士が重役の椅子を占め、経営は悪化。危機感を抱いた現場社員が動いたことで五島慶太が乗っ取りを田中勇に指示し、株を買い占めて田中が社長に就任。

中越交通は兼ねて親交のあった田中角栄との縁で、値下げ合戦で利益を食い合っていた新潟の中越交通、長岡鉄道栃尾鉄道の合併を取り持った。

この間、五島慶太の長女の夫である社会党の曾禰 益(そね えき)や、中越交通でパイプができた田中角栄の票集めにも奔走。陰に陽に、フィクサー田中の手腕が大いに発揮された時期でした。

伊豆急でケチ副

1962年には五島慶太の遺産、伊豆急の副社長に就任。当時伊豆急は開業2年目だったが、利用者の伸び悩みと膨らんだ建設費の利子で経営難となっていました。社長は五島昇でしたが、実質的な経営者として田中は経営の立て直しに奔走。「ケチ副」として、乗客がいない時間帯は駅舎の電気を切るなど細かな経費削減策を打ち出します。これは実際の収益改善にはほとんど影響しないものの、社員の意識改革が目的だったとか。
鉄道以外の収益源として、伊豆高原駅で別荘の分譲をはじめます。当時としては画期的な温泉付き別荘ということでこれがヒット。これらの施策により伊豆急の経営は立ち直り、田中は後に社長に就任します。

ボロ航空会社の社長就任とその後

1973年、東亜国内航空(後に日本エアシステム、現日本航空)の社長に就任。当時の東亜国内航空は五島昇の意向で東急が出資していたものの、国際線は日航、国内幹線は全日空、国内ローカル線は東亜国内という運輸省による棲み分け政策(いわゆる45/47体制)により経営難に陥っていた。
元々東亜国内への出資には反対していた田中に、ほとんど倒産寸前での社長就任要請。ジュニアの放蕩、とこればかりは強く拒否した田中だったが、五島昇は時の総理である田中角栄を説得に引っ張り出し、半ば強引に田中勇に社長就任を飲ませた。このあたり、五島昇はただのジュニアではないと思わせるエピソードです。
浮沈はあったものの目標としていた配当の復活まで漕ぎ着け経営は安定、昭和天皇・皇后両陛下のお召し飛行を指名されるまでに信頼を回復しました。東亜国内航空はその後チャーター便ではあるものの国際線進出し、日本エアシステムに社名を変更。
その後は日本エアシステムの会長、東急相談役を歴任、2000年に95歳の大往生で逝去しました。

五島家の大番頭として

本書が出版されたのは1990年、田中85歳のときでしたが、著者は執筆にあたり田中本人に60時間に及ぶ取材をしたそうです。
本書の締めくくりにあったのが、五島昇の長男、哲について。父親である昇は当然哲を後継にしたいと考えていましたが、祖父慶太譲りの激しやすい性格でキャディを殴るなどの素行の悪さがあったことから田中が東急本社の役職につけることに難色を示し、昇も了承の上いったん東急建設に預けました。
田中が後悔していたのは、もし東急建設へ送らずに東急本社の役職に就け、自分が大番頭として教育をしていたらあるいは違っていたのかもしれない…ということでした。東急建設から東急本社に復帰した哲は代表取締役副社長に就任しますが、89年に昇が逝去すると失権、90年当時は東急建設の社長に就任します。
田中への取材が行われたのはこの時期と思われ、まだ東急建設への出向前後だったのかもしれませんが、この時の田中の後悔は的中します。
バブル崩壊による東急建設の経営悪化を受け東急本社による資金注入ののち引責辞任し、東急本社には閑職で復帰。そして2007年に出張先で倒れ、59歳の若さで逝去。ここに五島家の東急は終焉を迎えました。

田中の人生は一言でいえば幸運だった。
開業直後でどうなるかわからなかった目蒲に直感で就職、徴兵を避け戦争を乗り越え、長野、新潟での乗っ取りと経営、伊豆急東亜国内航空の経営立て直し。失敗すれば大きな痛手となる難事業ばかりでしたが、田中はすべて成功に導きました。これは田中の能力と努力もさることながら、やはり運の強さ、時の運を味方につけられたことが大きいと思います。
東急史を知る上でその存在は大きいながらもあまり資料の残っていない田中でしたが、私の中では五島親子に並ぶ大人物として記憶に残りました。

昭和の大番頭―東急田中勇の企業人生〈上〉

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昭和の大番頭―東急田中勇の企業人生〈下〉

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