MINOTAKE LIFE

死ぬまで無事系サラリーマンの、身の丈に合った生活

『色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年』を再読。

村上春樹で好きな小説は?と聞かれると困ります。なぜなら、登場人物の生活をうかがい知れるくだりが一番好きだからです。

新刊を読むときも、そのくだりが一番燃えます(笑)

自分がいつでも読めるように、抜粋しておきます。

週末、つくるはジムのプールに行く。ジムは彼の住んでいるマンションから自転車で十分の距離にある。彼のクロールのペースは決まっていて、千五百メートルを三十二分から三十三分かけて泳ぐ。もっと速く泳ぐスイマーがいれば、脇に寄って先に行かせる。他人とスピードを競うことはつくるの性格には合わない。その日もいつものように、自分と似たスピードで泳ぐスイマーを見つけ、同じレーンに入った。 やせた若い男だった。黒い競泳用の水着に黒いキャップをかぶり、ゴーグルをつけている。 泳ぐことは身体に蓄積された疲労を和らげ、緊張した筋肉をほぐしてくれた。水の中に入ると、他のどこにいるより安らかな気持ちになれた。週に二日それぞれ半時間ほど泳ぐことで、彼は身体と精神のバランスを穏やかに保つことができた。また水中は考えごとに適した場所でもあった。それは一種の禅のようなものだ。いったん運動のリズムに乗ってしまえば、頭の中に思考を束縛なく漂わせることができる。犬を野原に放つように。

Shouldice Aquatic Centre Reopens

「そうです。あっという間に恋に落ちました。八年前に名古屋で結婚式をあげて、それから二人でフィンランドに帰ってきました。今はここで陶器を作っています。フィンランドに戻ってしばらくはアラビア社でデザイナーとして働いていたのですが、どうしても自分一人で仕事をしたくて、二年前にフリーランスになりました。週に二度ですが、ヘルシンキの大学でも教えています」 「いつもここで夏を過ごすのですか?」 「はい、七月初めから八月半ばまではここで生活します。すぐ近くに仲間と共同で使っている小さな工房があります。午前中は朝早くからそちらで仕事をしますが、いつも昼食をとりにうちに帰ります。そして午後はおもにここで家族と共に過ごします。散歩をしたり、本を読んだり。ときどきみんなで魚釣りに行ったりもします。

 

とはいえ彼女は自ら求めてフィンランドという新天地を選んだのだ。そして彼女には今では夫がいて、娘たちがいる。陶器作りという心を注ぎ込める仕事もある。湖畔のサマーハウスと、元気な犬。フィンランド語も覚えた。彼女はそこに小宇宙を着々とこしらえてきた。

Finland.